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由美と行く 
万葉紀行

23、

 「ねえ、お母さん、携帯電話を買ってくれるって言ってたよね。いつ買ってくれるの」
 「3月に入ったら1円とか0円とか、安いのが出るから、その頃にね」
 恒之が居間に入ると、明代と洵子がコタツで話していた。
 その横では、由美がパソコンに向かっている。
 「でも、0円と言っても、それは、携帯電話本体だけのことで、新規加入手数料だとか、充電器代だとかで結局3千円ほどかかるから、まったくの無料じゃないわよ」
 由美が、明代に教えている。
 「そうなの。ただで携帯電話が手に入るのかと思ったら、そうじゃないのね」
 「電話会社が損をするようなことをする訳ないじゃない。それに、それからは、毎月使用料が入るんだからいい商売よ。最新機種で高い物を買うことを思えば、確かに出費は少なくなるけどね」
 「へえ、やっぱりお姉ちゃんは、詳しいね」
 「詳しいと言うほど知っている訳ではないわ。ねえ、お父さん。これ、どう思う?」
 由美が、パソコンで何か調べていたようだが、恒之に問いかけてきた。
 「何が」
 「先日、出雲に行ったでしょう。出雲について何か分からないかと思って、ネットで万葉集を調べていたら、こんな歌があったのよ」
 「どんな」
 「ほら、これなんだけどね。第20巻、4487番の歌」
 そこには、由美が検索した歌が表示されていた。

 いざ子ども たはわざなせそ 天地(あめつち)の 堅めし国ぞ 大和島根は 

 「『いざ子ども』とは、聖武天皇が、皆の者と呼びかけているんだろう。『たはわざなせそ』とは、なんだろう」
 「たわわに実が成ると言うから、豊かにしたというようなことかしら。問題は、その次なのよね」
 「その次は、『天地の堅めし国ぞ』だよ。ええっ。これは、高天原と葦原中国を意味しているかもしれない。ということは、大和島根は、出雲の島根だよ」
 「お父さんも、そう思うんだ」
 「でも、大和と島根はなんだろう」
 「お父さん、ほら、原文を見て」
 恒之は、由美の言う原文を見た。
 
 伊射子等毛 多波和射奈世曽 天地能 加多米之久尓曽 夜麻登之麻祢波

  「そうだった。やまとと読めるものは、みな大和とされていたんだ。でも、島根は、出雲の島根だよなあ。じゃあ、この夜麻登は、どこだろう」
 「でも、夜麻登の島根だから、やまとと呼ばれていた国の島根よね」
 「どちらにしても、夜麻登の島根が、天と地を堅めた国だと言っているんだよ。天と地を堅めた島根と言えば、出雲の島根以外には考えられない。としたら、島根はやまとだったということだよ」
 「島根は、やまと?」
 「これを読む限りでは、そうなるよ」
 「まだ他にもあるのよ」
 「まだ?」

 由美は、次の歌を画面に出した。
 「これは、第3巻の303番よ」
 原文も横にあった。

 名ぐはしき 印南の海の 沖つ波 千重に隠りぬ 大和嶋根は

 名細寸 稲見乃海之 奥津浪 千重尓隠奴 山跡嶋根者 

 「やまとの嶋根は、幾重にも隠されているということかな」
 「嶋根が、そんなにも隠されているとは、どういうことかしら」
 「出雲王朝が滅ぼされて、その歴史すら消されてしまったということかもしれない」
 「そして、何重にも隠されてしまったということかしら」
 「まだ他にもある?」
 「ちょっと待ってね」
 由美は、また検索している。
 「あったわ。同じ第3巻の366番よ」
 
「今度は長い歌だなあ。でも最後の所は、やはり同じだよ」

 海神の 手に巻かしたる 玉たすき 懸けて偲ひつ 大和島根を
 

 綿津海乃 手二巻四而有 珠手次 懸而之努櫃 日本嶋根乎
  
 「日本の嶋根を偲んでいるよ。ということはだよ。順番から考えると、山跡嶋根は、幾重にも隠されていた。そして、日本嶋根を偲び、夜麻登嶋根は、天地を堅めた国だと言っている」
 「すでに、滅ぼされていたということ?」
 「どうも、そういうように詠めるよ。消された出雲の国を思い偲んでいる」
 「お父さん、夜麻登、山跡、日本は、出雲にあったということ?」
 「日本という名称は、熊野大社にも残されているし、周辺に日野とか日南とかの地名があるから、出雲にあった名称だとは考えられるが、『やまと』も出雲にかかわる名称だったということだろうか」
 「そうねえ。出雲大社のすぐ北の岬には、日御岬もあるしね。『やまと』は、『八岐のおろち』と関係があるのかもしれないわね」
 「『やまた』と『やまと』は、似ているよなあ。出雲のズーズー弁から考えると、他の地域や国の人が聞いたら、ほとんど同じかもしれないよ」
 「古くは、出雲ではなく、やまととか、嶋根、日本と呼ばれていたのかもしれないわね」
 「あれっ、この『夜麻登』は、あそこにもあったよ」
 「どうしたの」
 恒之は、立ち上がって居間を出た。
 そして、少しすると、風土記の本を手にして戻ってきた。
 「この前見た時も、ちょっと気になったんだけど」
 そう言いながら恒之は、本を開いた。
 「出雲の、当時の神社が記録されているんだよ。この神社の一覧の中に山狭神社も載っていたんだ」
 「あの時に行った山狭神社ね」
 「ところが、この『夜麻』が使われているんだよ」
 「そうね。夜麻佐となっているわね」
 「つまり、山狭は、山を挟んだ神社だということだろう。熊野山を熊野大社と両側で挟んでいる。そして、夜麻登とは、その挟まれた山を登った所を意味しているのではないかと思うんだ」
 「じゃあ、熊野山の山頂?」
 「そこには、磐座があり、伊耶那岐命と伊耶那美命、そして事解男命の天つ神が降臨したとも言われているんだ。あるいは、須佐之男命が奉られているとか、極めて神聖な場所なんだよ。やまとが、山跡とも表されているだろう。磐座は、山頂にある岩の跡だろう」
 「そうかな」
 「だから、出雲王朝が滅ぼされて、歴史からも抹殺されようとしている時代だから、明らかに出雲を表現することは、相当危険なことだよ。そういう中にあって、聖武天皇は、『やまと』とは、本来出雲の勢力を意味しているんだというメッセージを、こういう形で残したのではないかな」
 「もし、そうだとしたら、大変なことだよね。他にもそういう例があるのかしら」
 「明らかに、出雲を意味しているようなことをしたら万葉集そのものが消される恐れがあるから、きっといろいろな形で、ちりばめられていると思うよ。それは、読んでみると、きっとこれは出雲のことを意味しているんだろうなあと感じ取ることができるはずだよ」
 「分かるかしら」
 「出雲のことが理解できていなければ、ただ普通に読み進めていくだろう」
 「難しいわね」
 「極めて巧妙に、表現しているよ。聖武天皇でこそできる技かな。藤原勢力の目をすり抜けられるように、巧みに表現したと思えるんだ」
 「聖武天皇って、どこまで天才だったのかなあと思ってしまうわね」

 「例えば、『やまと』にかかる枕詞で『蜻蛉島』とあるだろう。蜻蛉(あきづ)とは、トンボのことだ。島根半島は、ちょうどとんぼによく似た細長い島だよ。だから、蜻蛉島が枕詞に使われている『やまと』は、出雲を意味しているのかもしれない。そのしっぽの所が、島の根だよ」
 「なるほどね。島の根で島根ということね。じゃあ、島根とは、ちょうど、出雲大社のあたりを意味しているのかもね」
 「島根半島は、もともとは島で、斐伊川から流れ出る土砂で繋がったということだ。洪水の時なんかは、大量の土砂が流れ出すそうだよ」
 「この前行った時も、川の中には砂洲がたくさんあったわね」
 「きっと、鉄の材料である砂鉄や鉄鉱石もたくさん採れたのだろう。ちょうど出雲大社は、その河口の対岸の要所に位置しているんだよ」
 「すると、万葉集は、出雲王朝を暗号のように、密かに書き記していたのかしら」
 「万葉集は、聖武天皇からの、時代を超えたマル秘メッセージ集かもね。あるいは、他にも数多くの秘められた史実が、書き残されているかもしれないよ」
 「藤原の勢力が台頭してくるのが、八世紀だとすると、じゃあ、七世紀あたりまでは、出雲王朝は残っていたことになるよねえ」
 「そうなるかな」
 「でも、何重にも出雲が隠されているとしたら、出雲王朝のことは、分からないということかしら」
 「その歴史を調べるのは難しいだろうなあ。万葉集以外に考えられるとしたら、出雲王朝の末裔とか神社で、密かに語り継がれているかもしれないということくらいかな。そういうことは、まず口外されないから、残念ながら出雲の王朝が、我々の目に触れることはないだろうな」
 「そういうことかもしれないわね」
 「あとは、発掘された史料から推察していくしかないよ」
 「かなり、多くの史料が出土しているものね」
 「もっと発掘されることを願うばかりだよ」
 「あるいは、朝鮮半島や中国などにも、残されているかもしれないわね」
 「そうだよな。なんだったかなあ。広開土王の碑とか言ったよな。そういうのも参考になるかもしれないし、中国には、多くの史書が残されているよ。ええっ、史書!」
 「中国には、史書が残されているわね」
 「それだよ、史書だよ。今、自分達が出雲王朝をチェックできる唯一残された手段は、中国の史書だよ」
 「でも、どの程度書かれているか分からないわね。倭国や日本の事が書かれてはいたけど」
 「とりあえず、資料を集めてみるよ」
 恒之は、最後の手がかりを求めて、中国の歴史書を調べることにした。



                      

   


      邪馬台国発見  

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